プラスチック資源循環促進法をどう評価すべきか

先日成立したプラスチック資源循環促進法(以下、促進法)をどう評価すべきか迷っている。同法は、リサイクルの幅を製品プラスチックにまで広げた点は評価できる。しかし、他の点はどうだろうか。

拡大生産者責任(EPR)を認めていない点で、再商品化費用を生産者責任としている容器包装リサイクル法(以下、容リ法)よりも明らかに後退した。これは同法にとって決定的なマイナスだ。

容リ法は、成立当初は「フランスと同じ50%のEPR」と いわれた。ドイツの100%に対し、日本はフランス流でいく、と。しかし、そのフランスは徐々にEPRを拡大し、とっくにほぼ100%のEPRといわれるようになっている。日本のようにいまだに100%税金で収集・選別しているような手法を採用する国は、先進国ではまず見当たらない。

容リ法はEPRという点で、この20年間1㎜も進化しなかった。

多くの国では、自治体がリサイクル品を集めたとしても、費用は生産者にしっかり請求している。この税金を使った手法は「日本流」の優れた方式で回収率も高い、と産業界は胸を張る。確かに生産者にとってこの方法は「作りっぱなし」にできるため、よい方法だろう。おかげで生産者には、長持ちする製品を作ろうというインセンティブは働かない。「安かろう悪かろう」製品を作りっぱなしにする方が儲かりそうだ。

そのため、今回の法律では環境配慮設計を事業者に求めている。ごみを減らしたり、リサイクルしやすい設計にしたら「認定」するというのだ。認定商品はグリーン購入の対象にするのだそうだ。

しかし、環境配慮設計をしないからといって、罰則はない。罰則はないが、これで「環境配慮設計を求めた法律だ」と国は胸を張れる。このような効果の低い手法もきわめて「日本流」だ。

同法では「合理化」(削減)もうたわれているが、これもきわめて消極的なもので、効果のある有料化や禁止ではない。しかも、対象となる製品も限定的だ。

産業界にはこのように大甘な促進法で、国と産業界のズブズブの関係を疑いたくなるが、自治体には極めて強権的で厳しい。

プラスチックを分別収集しない自治体には、循環型社会形成推進交付金がもらえなくなるのだ。当然お金のない自治体は、交付金なしには施設を新しくできないが、分別収集するお金もない・・それを国はごみ有料化することで補わせようとしている。つまり、国はごみの有料化も交付金の要件に加える予定だ。

リサイクルもごみ有料化もごみ減量にとって必要だと日頃から考えている筆者にとって、これは朗報と考えるべきだろう。しかし、どうもすっきりしない。こんなに税金を当てにした環境政策は、まるで一種の増税に見える。

工業製品はあくまでも回収からリサイクル(処理)までを生産者責任ですべきだ。

そうでなければ、できるだけごみをださずに丁寧に暮らしている人々の支払う税金が、使い捨てを謳歌している人たちの出すごみ処理費用に向けられてしまう。拡大生産者責任にすることで、はじめて生産者が製品に収集・リサイクル費用を上乗せすることができる。

それで初めて、生産者も長持ちする製品を作るようになり、大量生産・大量消費・大量廃棄社会に少しは歯止めがかかるはずだ。

この法律はどう考えてもおかしい。産業界にのみ配慮し、消費者や環境への配慮が足りないのではないか。

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