時代遅れの容リ法 ペットボトル回収にラベル剥がしを義務付け

世界は、使い捨てプラスチックを規制する方向で進んでいる。その動きはだいぶ前からあったが、オセロゲームの白黒が大きく反転し、規制が鮮明になったのは2015年頃だった。

環境に関心の高い団体や政府による脱使い捨てプラスチックの動きは、レジ袋、プラスチックカップ、ストローと続き、次のターゲットはペットボトルだ・・といわれている。

インドは既にペットボトルで最初の手を打った。世界で最も厳しい罰則でレジ袋を禁止したケニアでも、次はペットボトルだ、といわれている。オーストラリアでは既に大半の州で飲料容器のデポジット制を導入、あるいは来年までに導入することを決定した。欧州でも、まだデポジット制度を導入していなかった国々は、検討中かあるいはすでに採用を決めた(例えばイギリスやルーマニア)。

コカ・コーラやエビアンなど、危機感をもった海外メーカーは、次々と生き残るための手を打ち始めた。このままでは、メーカーへのデポジット制度義務付けどころか、政府による小型ボトルの禁止や、販売量規制、あるいは環境団体による不買運動が実行される気配が見えたためだ。

しかし、日本の動きは相変わらず鈍く、これまで缶やびんが主流だったものまでペットボトルに転換する動きが目立つ。それほどペットボトルにしたいならば、自主回収せよと抗議する環境団体に対し、それら飲料メーカーは「日本では、容器包装リサイクル法(容リ法)により、回収は自治体がおこなうこととなっています。弊社は同法を遵守しています」と容リ法を楯にして言い放つ。

環境行政も、日本は世界と真逆の方向へ進む。 その一例が、G7のプラスチック憲章署名拒否であり、また、2017年度(平成29年度)から変更された容器包装リサイクル協会の「市町村からの引き取り品質ガイドライン」である。

このガイドライン変更により、それまでペットボトルをラベル付きで回収していた自治体もラベルを剥がさないと、「適切な分別がなされていない」と判断されることとなった。

ラベル剥がしの主な理由は以下である。

http://www.jcpra.or.jp/Portals/0/resource/gather/h29/29moushikomi_s_09.pdf

最近の傾向としてPETボトル自体の軽量化により、キャップ に比べ、ラベルとボトルとの分離が従来以上に難しくなっており、ラベルなどの異物が除去 できずに再商品化製品に紛れ込むと商品価値が落ち、場合によっては再商品化製品利用事業 者から返品されることもあります。昨今、より高品質な再商品化製品の安定供給が求められ ており、再生処理事業者は、少しでも品質の良いベールを落札しようとする傾向があります。

しかし、容リ法による「指定PETボトル」か否かの見極めは、案外難しい。例えば、ノンオイルの青じそドレッシングはペットボトルとして回収すべき「指定PETボトル」だが、オイル入りのPET樹脂製ボトルはペットボトルではあっても容リ法上は「プラスチック製容器包装」であり、ペットボトルとして回収してはならない。しかし、自治体の回収に間違えて出す住民は多い。

回収後の選別を障がい者団体などに委託している自治体は多く、選別ラインでペットボトルか否かを見極めるのはマークが頼りだ。ラベルを剥がされてしまっては、そのマークが見えなくなる。

そのような自治体にとって今回の措置は実に困ったことだ。例えば、奈良市はそれまで市民に「ラベルを見ながら選別しているので、ラベルを剥がしてはならない」と周知してきた。それを昨年、「ラベルを剥がして」に無理矢理変更した。

もともと奈良市がラベルを剥がさなくてよいと決めていた背景には、奈良市のペットボトルをよく落札していた工場が、「剥がす必要はない」と言っていたことがある。大半の大手再生工場は「ラベルが付いていようといまいと、ほとんど関係ない」と言っていると聞く。

ボトルが薄くなったからボトルとラベルが選別しにくくなり、剥がさないと品質に重大な影響が出る、といっている再生工場を、あいにく筆者は知らない。しかし、そのような工場がもしあったにせよ、拡大生産者責任ということを考えれば、それは飲料メーカーが対処すべき問題であり、自治体や消費者にしわ寄せするべき問題ではない。

そもそも、ラベルは重要な情報であるから、世界では、ラベルを剥がしてはならないと規定する国も多い。例えば、デポジット制度を採用している国は、デポジット(預り金)の支払いを識別するため、ラベルで管理する。ラベルの付いたボトルを返却すれば返金を受けられるが、ラベルを剥がしたボトルを持参しても、返金を受けられない。デポジット制度を採用していない台湾にしても、メーカーが再生工場にリサイクル費用を援助するため、国内ボトルか否かは重要な情報である。従って、台湾でもペットボトルのラベル剥がしは禁じられている。

つまり、海外の再生工場では、ペットボトルはラベル付きのまま回収・リサイクルできている、ということである。日本の工場だけがラベル付きボトルのリサイクルを嫌がるのはなぜだろうか。

ラベル剥がしを消費者に強要する国は、消費者や自治体を下に見て、消費者にムリをいうのを当然のこととし、自治体に回収義務を負わせている日本だけではないか。回収のハードルを上げることで、面倒に思う消費者がペットボトルを焼却ごみに出したり、あるいはどこかに放置したりすることも十分考えられる。

飲料メーカーは、自社の利益のためにペットボトル需要をどんどん拡大させてきた。小型ペットボトルがこのように氾濫する前に(小型ペットボトル販売・製造の自主規制解禁と引き替えに)考えられた法律が容リ法である。それが今の状況、すなわち川や海にペットボトルが散乱する状況を招いたと考えられる。つまり、散乱は消費者の責任ではなく、回収・リサイクル方法の構造的な欠陥なのだ。

この容リ法を拡大生産者責任の視点にたって見直そうというならばわかるが、今回のガイドライン変更は、日本の環境行政が、ますます自治体と消費者を締め付ける方向に動いたことを示している。

増える一方のペットボトルを、自治体に税金で回収させた挙げ句、ラベルを剥がさないとランクを下げる、とはよくいえたものだ。

対抗措置として、自治体のすべきことは、容リ法からの決別であろう。

ペットボトルに関しては、独自ルートで最寄りの再生工場に売却することから初めて、徐々に回収頻度を減らし、近い将来、自治体はペットボトル回収をやめるのが良いのではないか。やれAランクだBランクだとランク付けされた挙げ句、Aランクでも大して合理化拠出金をもらえるわけではない。有償分(廃ペットボトル売却代金に相当)にしても、これまでも回収費用の数分の1だったが、中国ルートがなくなったことから国内処理量が増えたため、今後金額は下がる一方だ。容リ協会にしがみつくメリットはないといえる。

それよりも自治体は、最寄り企業と独自に協定し、キャップやラベルなどはその契約先と協議した上で、方針を決めるべきである。わけのわからないルールに振り回され、市民を混乱させてはならない。

もちろん、自治体回収を中止できるところは中止すべきである。自治体がペットボトル収集をやめても、住民はスーパーやコンビニへ持参すればよいので、たいして困らない。むしろ回収に税金を使わずに済めば、喜ぶ住民は多い。もしそれでペットボトルを焼却ごみに出し、回収量が低下するようなことがあれば、その時こそメーカーも自主回収に動くのではなかろうか。

拡大生産者責任を回避するメーカーに、未来はない。

国に希望をいうだけでは容リ法は変わらない。メーカーの自覚を促すためにも、自治体は容リ法から決別することも選択肢として考える必要がある。国が企業の利益に最大限配慮するならば、住民の利益を守るのは自治体である。

 

 

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